会社員として働く際に、賃金体系について知っておくことはとても重要です。本記事では、代表的な3つの賃金体系である「年俸制」「裁量労働制」「みなし(固定)残業」について、それぞれの特徴について解説します。
目次
残業代計算の基本を確認しよう
まずは残業代の計算の基礎について確認しましょう。残業代は1日8時間の所定労働時間を超えた労働時間に対して支払われる「割増賃金」のことです。割増賃金は下記の図の通り決まっており、通常の時間外労働であれば、時間給×125%、夜10時以降の残業は「深夜残業」となり時間給×150%など、労働基準法により決められています。また、月間の残業時間が60時間を超えた時はさらに25%増しで計算されます。
長時間労働が常態化している人はそれだけ残業代も多くなるわけですが、実際はサービス残業や管理職ということで残業代が支払われないという人も多いと思います。
日本労働組合総連合会が2015年に行った調査では、42.6%の人がサービス残業を経験し、一般社員に比べ、役職者の方がサービス残業を経験した割合が多いと言う調査結果が出ています。もっとも、この調査も氷山の一角で、実態はもっと多いと考えられます。
給与体系を理解するということは、この割増率の給与を請求する際の計算に加えて、自分が請求できる残業代の大きさを肌感覚で把握するためにも必要なことですので覚えておきましょう。
年俸制とは
年俸制とは、1年間の労働時間数に関係なく、年間の固定給与を支払う制度です。通常、年俸制は役職や職務内容に応じて、固定給与を決めることが多く、年間での労働時間数が異なっても同じ給与を支払います。
年俸制では、使用者が一方的に年俸額を決めることはできず、労働者との合意が必要であることが必要です。
また、よくある誤解ですが、管理監督者や専門職以外では労基法上の労働時間等の規制を受けるため、時間外・休日労働に対する割増賃金の支払いが必要です。
医療法人に雇用されていた医師が、解雇無効による地位確認と時間外労働・深夜労働に対する残業代を請求した事案では、残業代を含む年俸制とされていたが、残業代部分は明示されておらず、使用者が一方的に年俸額を減額したことに対して、最高裁は合意が成立していないと判断しました※年棒制の残業代請求に関する最高裁判決。
また、日本システム開発研究所事件の裁判例では、年俸額決定のための成果・業績評価基準や手続きなどが制度化されて就業規則等に明示されていない場合は、使用者による一方的決定は許されず、従前の年俸額に据え置かれることになるとされています。
これは私のケースですが、管理部門のマネージャークラスで給与形態は年俸制でした。契約内容について「管理監督者扱いであることは無効であること」「年俸制の中に残業代が含まれていなかったこと」などを理由に会社側に残業代請求を行い、最終的には和解という形で残業代の回収に成功しています。
年俸制は管理職クラスで採用されることが多い給与体系の上、その多くが「管理監督者」にあたらず、残業代について雇用契約上明記されていないケースが多いため、残業代請求をしやすいと思います。
管理職クラスで働いている人の多くは「職務給」や「管理職手当」が残業代の代わりという認識している場合が多いと思いますが、これらの手当てが代わりになることはありません。管理職とは会社が自由に役職名を決めることができる「従業員」であるのに対し「管理監督者」は多くの権限を持つ役員クラス相当の人でなければ対象者とはなりません。これがいわゆる「名ばかり管理職」です。法律上は従業員なので当然会社は残業代を支払う義務がありますので覚えておきましょう。
裁量労働制とは
裁量労働制では、労働者が自らの裁量で業務を遂行する場合に、実際の労働時間ではなく一定の時間とみなして賃金を支払うことができる制度です。労働時間が固定されていないため、時間外労働が発生することが多い給与制度でもあります。
裁量労働制は、労働者の業務遂行における裁量が大きく、労働時間を一定に定めることが困難な場合に限って適用できます。しかし、実際には、裁量性の低いルーティンワークや管理職以外の一般職などにも適用されているケースがあります。
裁量労働制では、労働時間ではなく業務内容や成果によって賃金を決めるため、残業代は支払われません。しかし、それでも法律上は労働時間を記録し管理する義務があります。しかし、実際には、会社側が記録や管理を怠ったり、従業員に記録させなかったりするケースがあります。
裁量労働制では、自分で仕事の進め方やペースを決められるメリットがあります。しかし、会社側が無理な業務量や目標を課したり、細かく指示したりすることで、自由度を奪ったり、長時間労働を強いたりするケースがあります。
自分が裁量労働制の悪用されているかどうかチェックする方法
- 自分の仕事内容や職位が裁量労働制の適用基準に当てはまっているか確認する
- 自分の実際の労働時間や残業状況を記録し比較する
- 自分の賃金水準や残業代支払い状況を確認する
専門業務型裁量労働制は、高度な専門性を有する業務に従事する者に対して適用されるものであり、その適用は厳格になされます※東京高裁平成26年2月27日判決。
裁判例では、管理監督者や専門職であっても、その権限や責任、給与水準等からみて適正な賃金体系であったか否か,さらに実際の勤務時間や就業規則等からみて固定残業代含む年棒制であったか否かなど、様々な要素を考慮して判断する必要があります※裁量労働制の違法な「対象業務」労基署も取り締まれない実態。
裁量労働制では実際に働いた時間ではなく契約した一定の時間だけ賃金が支払われるため、基本的に残業代は発生しません。ただし裁量労働制でも深夜残業や休日出勤が発生した場合は割増率に応じて残業代が支払われます。
みなし(固定)残業とは
みなし残業制では、一定時間以上の労働に対して割増賃金を支払うことを免除される代わりに、予め決められた時間分の割増賃金(固定残業代)を支払うことができる制度で労使間の合意が必要です。
例えば、80時間分の固定残業代(みなし残業代)の定めが全部無効とされた裁判例において、基本給組み込み型の固定残業代は、使用者側が一方的に決めたものであり、実際の労働時間や就業規則等から見ても合理的ではないと判断されました※東京高裁平成30年10月4日判決。
みなし残業(固定残業代)が違法となるケースとしては例えば以下のような場合が挙げられます。
- 残業時間がみなし残業時間を大幅に上回る
- みなし残業代が基本給に含まれている
- 雇用契約や就業規則にみなし残業制度やその内容が明記されていない
- 労使協定や就業規則等で予め決められた範囲内で変動しない
- 労使協定や就業規則等で予め決められた範囲内でも超過した場合でも追加支払いしない
みなし残業代制度でよくあるケースは、従業員使い放題制度とでもいうべき内容で、雇用契約書に基本給と残業代の内訳を示さず、「〇〇時間分を含む」以上の残業をしても差額が支払われない、という悪質なケースがよくあります。
そのため、求人情報を確認する際にみなし残業代制度を導入している場合は、「基本給と残業代」それぞれの内訳が記載されているかは必ず確認しましょう。
賃金体系を悪用した企業の裁判例
- 年俸制を採用していた会社が、労働者に対して残業代を支払わず、年俸額も最低賃金を下回っていた場合。裁判所は、年俸制の無効とし、労働者に未払いの残業代と最低賃金差額を支払うよう命じました※東京地方裁判所平成30年3月29日判決(平成28(ワ)27369号)。
- 裁量労働制を採用していた会社が、労働者に対して実際の勤務時間に関わらず一律8時間とみなし、残業代を支払わなかった場合。裁判所は、裁量労働制の適用要件が満たされていないとし、労働者に未払いの残業代を支払うよう命じました※東京高等裁判所平成27年7月31日判決(平成26(ネ)10284号)、大阪高等裁判所平成25年12月20日判決(平成24(ネ)1449号)。
- みなし残業制を採用していた会社が、労働者に対して所定外・深夜・休日等の割増賃金を支払わず、みなし時間内であることを理由に拒否した場合。裁判所は、みなし残業制の適用範囲や割増率が不明確であるとし、労働者に未払いの割増賃金を支払うよう命じました※東京地方裁判所平成29年11月30日判決(平成28(ワ)28679号)。
以上のように、給与体系を悪用したことによる労使間のトラブルは定期的に発生しています。いつ自分が当事者になるかわかりませんので、雇用契約書の内容や給与体系についてよく理解しておきましょう。
まとめ
賃金体系の代表的な3つの制度である「年俸制」「裁量労働制」「みなし(固定)残業」をテーマに、それぞれの特徴について解説してきました。「年俸制だから残業代は出ない」などの誤解は根強く残っています。給与体系についての理解や裁判事例は自分が巻き込まれた時に対処できるようにするためには必要なことです。賃金体系は、労働者と会社の双方にとって大きな意味を持ちます。自分自身が働く職場の賃金体系について、よく理解しておきましょう。
また、トラブルかと思った時は労働基準監督署や弁護士にすぐに相談できるようにしておきましょう。
この記事が皆さんの参考になれば幸いです。
それでは